’私の場所ではない’(強迫性障害、確認)

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記事をまた、書くかもしれないんですが
とりあえずこの記事は書いてしまっておきます。
6月5日
 
これはどの症状にもいえることですが、
強迫性障害(にも、の中にも種類?がありますね)も、’みんなも普通にやること’の、エスカレートした版。という気が私はしますけどどうでしょうか

工場に勤めていた青年が、真面目で勤勉なその性格なために気前の良い上司に気に入られており
それを気に入らない職人がいました
職人は、小僧には仕事を教えないようにしようと思った。
どんなに工夫してやっても、彼がやると必ず折れてしまう機械の刃のことについて、職人は厳しく責め立てますがどうやっても出来ない
それは青年の使うときには、職人が刃を入れ替えていたからです。日々日々、彼は何度も何度も確認するようになり、それを繰り返して
日常の動作も、家を出るときも、鍵を閉めたかどうか何回も見に戻るようになりました。自分でも自分がおかしくなっていくのがわかったそうです。
 

これはまあ(本人の脚色が多少入ってるかもしれない)実話ですが
青年も、最初はなんてことないまあまあ、普通の範囲の人だったわけですけど、
そうやって普通の人も、普通じゃなくなっていくことがあります
 
私はそれも普通ですと言い続けたいといまは思っています。
これは一例ですが、よく聞く話で、人っていうのは、環境や、周囲の反応で、誰でもおかしく?なる可能性があります。
 

それでこの確認について、私の発見したことですが、
私の場所ではない、と思ってみてください。
たとえばそれが部屋の中なら、これは私の場所ではない。いつのまにか所有した私の部屋のようになっていますが、それは自分の場所ではありません

イメージしづらい人は、すこしのあいだ、家を空けたときに戻って来たときに、変な感じがすることを思ってください
部屋の中で、いつもいる固定した位置のようなものもあるかもしれませんが、窓際等に移動して、立ち位置を変えて、
そこから部屋を見渡してみるのもいいかもしれません
そこは自分の部屋なんでしょうか?というような感じで。
引っ越しするかもしれないし、そこは仮の住まいかもしれません

酷い人は、出先でも確認に追われてしまったりしますが、
それはそこで、それらが自分の物になってしまっているから
確認しないといけませんね。
でもまずは、自分のベースとなる場所でから、スタートです

 
自分の場所ではない。
一瞬でもいいので、そこにある物たちがただの物になることを感じ取ってください
ここは私の場所ではない、
そうすると物はただの物になる。
いつも繰り返し見つめ続けて来た物たちは、ただそこに今、あるだけです。
いつ移動してもいいし、そこに固定している必要もありません

全部そこにただあるだけです。[重要]

確認で、家を出れない場合は、
してもいいので、確認してください。それが自分だから。なにも悪いことではないです。
できれば一人暮らしなら号令を(声に出して)かけて、指さしでもなんでもいいです、よし!と自分に思ってください
’それをしてしまっている自分’とかを考えると余計に酷くなるので、
自分は自分でいいのでそれをやってください。

 

この発見のあとに、ちょっと面白いものを見つけて、また勝手に紹介します・・
(’知ることから始めよう、みんなのメンタルヘルス’より)
原因・発症の要因
強迫性障害では、その原因や発症に関わる特異的な要因は、いまだ特定されていません。

しかし、不況や新型インフルエンザの流行など、不安が増大しやすい現代の社会情勢では、自らを、あるいは大事なものを守ろうとする過度の防衛反応として、強迫的思考や行動が誘発されやすい可能性があります。また多くの患者さんが、対人関係や仕事上のストレス、妊娠・出産などのライフ・イベントが、発症契機となります。

一部を切り取るというのはあまり良くないので、興味ある方はどうぞ↓
http://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/index.html
さすが白鳥さんのいる厚生省だわー(知らない人はごめんなさい

 
冒頭の青年なんですがその後仕事を変えて、
元上司も、お客さんとして来てくれるそうです。仕事はいくらでもあるので
と私は思います


 


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