ブログ

みんな囚われの身。12月15日

「うつになったら終わりだよ。」
職場で一緒に働いてる人に、そう言われたことを最近、ちょうど思い出していました。といっても
その方も、私の事情を知らないわけなので、
当時躁うつの私に、そう言っていたわけなんですけど・・。
そんなに直接的な言い方でなくても、両指数えて足りないほど、沢山の職場で
そんなようなことはザラにあったし、私もそのように、世の中に対応してきたと思います。

本当は、不眠について、記事を書きたかったのですが
予定を変更して、これを書いているのは、
昨日たまたま、このニュース記事を見かけて一瞬、イラっとしたことがあって
ちょうどそれにリンクすることを、最近、思っていたので。

「外見では分からない」ことの悩み 働く精神障害者“5年で3倍”

見た目にもっとわかりやすく、足がないとか、手がないとかのほうがよかった。そんなことを言ったらバチが当たると言われて
五体満足だろう、なんでもできるだろうと言われたこともあります。
自分が出来ないことをどうしたら良いかといつも悩んで、迷って、いつも精一杯だったけど、それでも何回かそう思ったのは
やっぱり、自分が隠してる、隠さなければならなかったからだと思う

精神病とは言えない。ずっと悪いことをしているみたいだった

精神を病んでしまったら一貫の終わり。道を外れてしまう
なったらなかなか治らない、または不治の病に近い感じ、という
イメージ
が横行して、言っていいことも無かったし、
言っちゃだめだとみんなが教えてくれました

私が長年患っていた摂食障害もですが、発症した当時、私が中学生のころはあまり周りにまだこんなに、流行ってもいなくて
病院へ行ってもまるで、治りませんよ、と言われている気がいつもしたものです。

運良く?何にも、なっていない人は、それは弱いんだとか、俺はどこでも適応できるから。みたいなことを言ってきたりもすると思いますが
繊細だとかなんだとかいうより、
私は、野性が強いんじゃないかとずっと思っていました。これは危険だ、とか、そういうことを感じ取る能力です。
そして
そういう人が増えてるとするなら、人間の本来の野性で耐えきれないことが世間で増えてきてる
そう感じる人が増えて
なにもなく生きるには、そう感じるその感情を、自分を失くさないといけない
しかし人間は逞しいので、
なんとか生き延びようと、エラーを多く出しているのかもしれません

そんなに増えてんだ、と思った
心を病むことなんて誰にだってあるし、
苦手なことも誰にでもあるのに、

当たり前の話ではあるけど
その人がそれに怯えている(バカにしている)以上、
その恐怖から逃れることは出来ない。みんな、いつそれが来るかわからない中で。その状態になっていてもなっていなくても同じです。

強がりでも負け惜しみでもなく
本当にそう思うけど、正当な道が本当は、あったとして、
そこに外れて、
そこを踏み外そうとして良かった。全然自分らしく生きてると私は思う
色んな人に助けてもらって、
自分自身で色々試して、チャレンジして、それはちっとも大きなことなんかじゃなくて
逃したものと全く同じものは手に入らないけど、新しい自分があれば幾らでもやり直せるとほんとに思う。

私が一瞬イラっとしたというのは記事にではなく、その下にあるコメント欄みたいなとこでした。誰がどうとかじゃなくてです
その囚われの中にある人は、その今の状態に関係なく、ずっとその怖れを持ち続けないといけない。
そう思ったら、怒りもわかない

私の中の真相を言うなら、キチガイなんてとんでもなくて、心優しい人エピソードを書いたらキリがない
変な人もいるけど、変な人はどこにでもいるから、比率的には変わらないしね。
精神病棟に居た頃は、どっちがキチガイかと
私はずっとガラスのあちら側に思ってたんですけどね

囚われ
っていう漢字を見ていて、はっ!と感動したのは、余談なんですが、
人が完全に、かこわれているんですねこの字。

-ブログ
-

©midori kobayashi p rogrammed. ‐